私の罪。
あなたと出会い、恋をしてしまった事。
どうして、こんな事になってしまったのだろう・・・。
あの人を、助けたいだけなのに・・・。
「どうして!!どうしてですか!!」
イギリスさんがドイツさん相手に宣戦布告をした。日英同盟を結んだ私達に救援要請がきたのにも関わらず、上はそれを放棄。イギリスさんからの幾度に渡る伝令も聞き入れなかった。
「助けてあげてください!!あなたたちはイギリスさんに助けてもらったのでしょう?それなら何故、あの人を助けないのですか!!」
「辛抱してください。これが上の方針なのです」
「わかりません!!今すぐ兵を派遣しなさい!!」
「あなたの望みは叶えられません。我々国民の為、あなた1人の勝手な感情だけで動く事はできないのですよ。しばらく大人しくなさっていてください」
閉められたのは厚い扉。鍵をかけられ、完全に幽閉された空間。
「開けてください!!まだ、話は終わってはいません!!」
叩いても叩いても、厚く頑丈な扉が開かれる事はなかった。
私は…ただあの人を助けてあげたいだけなのに…。
私を守ってくれたあの人に、会いたいだけなのに・・・。
「お願い…会わせて…イギリスさんを…助けてください…」
頬を伝うのは涙。私の涙は空を曇らせ、雨を降らせた。
こんなに、あの人を想っているのに人はそれを罪だという。
「イギリスさん」
すみません、あなたを助けてあげられない。
ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい・・・・・・・・・・。
日英同盟が破棄されたのはそれから少し先の事。
戦争の混乱が続き、イギリスさんと会う事も手紙を交わす事さえ許されなくなった。
ただ、口伝てに聞いた事は、イギリスは日本を憎んでいるという事、そして私たちが同盟国ではなく敵国となった事・・・。
しかし、その時の私は世界から完全に孤立し何の感情さえなかった。
自己防衛に追われる毎日。あの日の事を考えないように自分を殺した。
あの幸せな時を、完全に自分の中に封じ込めて私は剣を振るった。
そして終戦を迎え、私はアメリカさんの保護下に置かれた。ボロボロな私に、彼は優しく接してくれる。その面影はどことなくイギリスさんを思い出させ、胸が苦しくなった。
あの人は、まだ怒っているだろうか・・・。
何もできなかった無力な私を憎んでいるだろうか。
今まで押し殺していた出来事を思い出すだけで涙が出る。
「日本・・・」
私の様子を伺うように、アメリカさんがそっと障子を開けた。彼は私を、腫れ物に触るように扱う。彼の保護下に置かれた当初の私は、何もかも失い、それは酷い状態だったらしい。笑う事はおろか何の感情もなく、白いベッドで一日中天井を見つめるだけだったそうだ。その時の記憶は断片的にしか思い出せないが、彼は私のその姿を鮮烈に記憶している所為か、どこか遠慮がちに私に接する。
「どうしました?」
「あのな、明日会議があるんだ。日本もそろそろ立ち直ってきたし、独立しても良い頃だと思うんだが・・・どうかな?」
「えぇ。とても良い考えだと思います。ここまで立ち直る事ができたのは、アメリカさんのおかげです。感謝しても足りませんよ」
「日本はこれからどんどん発展していくよ!!俺はできかぎりサポートしていくから、だから・・・」
「はい。ありがとうございます」
「じゃ、じゃあ俺行くから、ゆっくり休むんだぞ」
あの人なりに気を使っているんだろう。私を傷つけ、ボロボロにした事に・・・。
「明日・・・」
明日、私はあの人に会う。ずっと会いたくて、会えなかったあの人に。
嬉しい?
・・・・違う。
拒絶をされる事がとても怖い。
あぁ・・・そんな事を思うまでに、私の心は弱ってしまったのだろうか。
いいや・・・最初から怖かった。
私は、ずっとイギリスさんが好きだったから・・・・・。
この感情を恋と知った時は、引き戻せないところまで来てしまった後の事。
気づかないままなら、いくらか気は楽になっただろうに。
明日・・・。
この日を待ち望み、同時にこの日が来なければいいのにと願った。
矛盾する心が、私の中で未だ交差する。
「日本。体調はどうだい?」
会場に向かう車の中でも、アメリカさんは私を気遣ってくれる。
「はい。大丈夫ですよ」
「そうか。外に出るのは久しぶりだろう?気分が悪くなったらすぐ言うんだぞ」
「お気遣いありがとうございます」
随分長く外に出ていなかった所為か、浦島太郎にでもなったかの様な錯覚を覚える。変わっていく風景と発展する街並み。私だけがあの時代のまま取り残されたように、周りは随分と様変わりをしていた。
「もうすぐ着くぞ」
門がゆっくりと開かれ、入り口付近に車が付けられる。
あぁ・・・。ここか・・・。
一度だけ訪れた事がある。ここだけは、あの時のまま。
~日本。元気だったか?~
そう、あの人は一番に私を迎えてくれた。照れくさそうな顔をして笑ってくれた。
「日本、先に入っていてくれないか?用が終わったら俺もすぐ向かうから」
このドアの向こうに、あの人はいないだろう。それだけで重く、厚い扉にさえ感じる。
「ええ。かまいませんよ」
「じゃ、ちょっと行って来るぞ」
「はい。行ってらっしゃい」
他の方と約束でもしているのだろうか。アメリカさんが見えなくなるまで見送った後、私は目の前にある大きな扉に手をかけた。
手が震える・・・。
大丈夫。
どんな結果になったって、それは仕方のないことだ。
全身を使って重い扉を開ける。
少しずつ確実に開いていく扉。その先にいた人物に、私は息を呑んだ。
「・・・イギリス・・・さん」
私は夢でも見ているのだろうか。イギリスさんが、待っていてくれるわけがない・・。私を最初に迎えてくれたあの時と同じ、少し照れた顔をして・・・。
「久しぶり・・・だな」
「は・・ぃ」
息がうまくできない。色々言いたい事があるのに、上手く言葉にできない。
「お前にずっと、会いたいと思っていた」
まっすぐ見つめる目は、あの時と同じ。あぁ・・・何も変わってはいない。
「私もです。イギリスさん」
「入り口ではなんだ、控え室で話そう」
小さな控え室に案内される。国ごとに個別に控え室は用意されているから、きっとイギリスさんの控え室なのだろう。
「紅茶でいいか?」
「ありがとうございます」
慣れた手つきでカップとソーサーを用意する。しばらくして、紅茶の良い香りが部屋を包んだ。
「いい香りですね」
「日本が来ると聞いていたからな。特別な茶葉を用意しておいたんだ」
「私のため・・・」
私の為に、イギリスさんが用意してくれた・・・。どうして?疑問が頭をよぎる。イギリスさんは私を憎んでいるのではないのか?何もできない無力な私に失望しているのではないのか・・・。
「イギリスさん・・・は、私を・・・憎んではいないのですか・・・」
緊張で声が震えた。答えを聞くのががすごく怖い・・・。けど、もしかしたら・・・その小さな望みだけが今の私を支えている。
「どうしてそう思う?」
「私は、あなたと同盟を結びながら、助ける事ができなかった。あなたを失望させてしまった・・・。その事だけがずっと気がかりでした。あなたに会おうと何度も思った。けれど、その時はもう・・・」
無言の私に、ゆっくりと紅茶が差し出される。懐かしい香りに、涙が零れ落ちそうになる。
「あの日、お前は、俺の為に涙を流してくれたのだろう?だから、雨が降り続いた。お前の上司から聞いたよ。抵抗するお前を押さえつけて、幽閉までさせたってな。俺を助けろって叫びながら、何日もドアを叩いて、泣き叫ぶ度に日本のどこかで天変地異が起こって大変だったらしいぞ」
「え・・・?」
「それを聞いて、正直ほっとした」
「イギリスさん」
「お前に嫌われていなくて良かった。お前だけには嫌われたくなかった・・・」
「あ・・・」
許して・・・くれるのだろうか。そう思ってもいいのだろうか。
私と同じ気持ちだと・・・思ってもいいのだろうか・・・・。
「べっ!!別にお前を安心させる為に言ったわけじゃないからな!!」
何て優しくて暖かい人なのだろう・・・。
「ありがとう・・・ございます・・・」
「なっ!!日本!?何で泣くんだよ?!」
「私も・・・あなたに、嫌われてしまったんじゃないかと・・・こわくて・・・・・・」
「日本・・・」
「よか・・・ったぁ・・・」
崩れ落ちそうな身体をイギリスさんは優しく支えてくれた。しばらくそのぬくもりを感じた後、お互いを見つめ、ゆっくりと唇を合わせる。
まるで神聖な儀式のように、合わさった唇を指でなぞった。
「日本、お前が好きだ。ずっと・・・言いたかった・・・」
「はい・・・私も、あなたが好きです」
もう、遅いと思っていた。遅すぎた恋だと諦めようとした。けれど、あなたを想うだけで諦めきれず、ひっそりと宿していた。
報われる日が来るなどと、思ってもみなかった事。それが今現実になっている・・・。
「あなたと一緒にいたいです。ずっと、ずっと一緒に」
「あぁ・・・。もう離したりしねぇよ・・・」
抱きしめあう体に、心地よい風が吹く。祝福されるかのように光が差し込み、カーテンがゆっくりと揺れた。全てが心地よく、ずっとこのままでいられるのなら時間さえも止まってしまえばいいのにと思ってしまう。
あなたに会えなかった辛く、悲しい日々。
この一瞬で、全てが解放されたような気がした。
あなたを好きになって良かった・・・。
心から、そう思います。
イギリスさん、ずっと一緒です。あなたと離れてしまったとしても・・・心だけはあなたと共に・・・・。