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「突然すまないな、菊。近くまで来たものだから」

「いえ、大丈夫ですよ。ここでは何ですし、良かったらあがってください」

アーサーさんは何の連絡もなしに、いつも突然やってくる。
嬉しくないわけじゃない。
同じ理由なのが、少し寂しいだけ。

欲しい言葉があるわけじゃない。
多くは望んではいけない。第一そんな関係じゃない。

同盟関係・・・。

けれど、その関係も最近は雲行きが怪しくなってきた。お互いうまくいっている事に、周りは良しとは思っていないらしい。
唯一の繋がりを壊したくなくて、自分なりにできる事がないか探してはみた。けれど、もしかしたらもう・・・。


「手、止まってるぞ」

アーサーさんの指摘に、思わず手元を見た。いつの間にか手が止まっていた。せっかくアーサーさんが英語を教えてくれているというのに。

「何を考えてる」

「いえ。何も・・・」

机に広げられた文献を見ながら、どうしても考えてしまう事がある。

この繋がりがなくなってしまったら・・・。

だめだ…。アーサーさんが来るたび思ってしまう。

頭、冷やさないと…。

「集中力が途切れてしまいましたね。お茶、淹れなおして・・・」

「待てよ」


掴まれた手に一瞬体が震えた。

暖かなぬくもり…。



「まだ聞いてねぇよ、お前が何考えてたか」

「だから、私は別に何も考えてなんていませんよ」

「へぇ」

「…もういいですか?」

手を払おうとゆっくりと動かしたが、

「じゃあ、何で俺の目見ないんだよ」

動けない…アーサーさんの力が強すぎて

「アーサーさんが気付かないだけでちゃんと見ていますよ?」

「へぇ…じゃあ」



「目ぇ、あわせてみろよ」

強引に壁に押し付けられ、息がつまった。
鼻が付きそうなほど近くにアーサーさんがいる。それだけで、胸が張り裂けんばかりに軋みだす。

「菊」

名前を呼ばれ、自分の顔が高揚していくのがわかる。
言わないで。
名前を呼ばれるたびにそう思ってきた。自分が自分でなくなってしまう。





いつから?

いつからこの人を意識しだした?

わからない…

もうずっと前から…

それは自然に

ゆっくりと…



でも、この気持ちはアーサーさんには重荷にすぎない。

わかってる。

だから、アーサーさんのために、私は彼にできる事を精一杯してあげたいと思う。そのためには・・・。



この気持ちを殺さなくては。



「これで文句ないですか?」



見据えた目でアーサーさんを見る。

「菊…」

「気のせいです。あなたが考えている事も、すべて」



「…」

「もういいですよね?」

「…」

「手を離してください」

「…ねぇよ」

「え…?」

「離さねぇ」



入った力は一層強く、痛みのあまり小さな悲鳴をもらした

「アーサーさん?」

「お前、いつも俺に会うたび、こんな調子だろう」

「そんな事…」

「あるから聞いてんだ」

真っ直ぐな瞳。

やめてください…

決心が揺らいでしまう…

「菊、俺は」

言わないでください・・・。

「私はいつもと同じ、あなたを迎えて、送り出す」

お願い

「菊」

「それでいいじゃないですか、そうですよ、それで」



「俺の話を聞けよ!!」



叫びにも似た声に全身が震えた



私達はギリギリの線を歩いている

この線を越えたらきっと私は…



「アーサーさん…お願いです…離して」

「菊…?」

このままではあなたに縋ってしまう。

「お願いします…あなたの…重荷にはなりたくはない…」

「どうしてお前はそうやって勝手に決めんだよ」



緩められた手に、私はゆっくりとアーサーさんを見た

とても、とても苦しそうで…

泣いているような目だった…

「泣いているのですか?」

そっと伸ばした手が、彼の頬に触れた

「お前だろう?」

アーサーさんの手も、そっと私の頬に伸ばされていた

「お前は我慢しすぎだ。全てを自分一人で受け止めすぎなんだよ」
「アーサーさん?」
「重荷なんて思った事なんかない!!一度も!!お前の強さは十分すぎるくらいわかった・・・だから、今度は弱さも見せろ。そうしないと、俺の立場がなくなる」
「ごめ・・・なさ・・・」
「俺は、お前の為にたくさんの事をしたいと思っているんだからな。誰でもない、お前だけだ」
「はい・・・」
「俺は、お前の事が好きだ。例えこの同盟関係が崩れたとしても、気持ちまで簡単に変わるはずないだろう?」

想っていたのは私…

想われていたのも…私…

「俺の前で強がるなよ。俺が全部受け止めてやるから」
「ごめんなさい・・・ごめんなさ・・」
流れる涙を抑えられず、私は声を出して泣いてしまった。
不安だった。あなたを好きになりすぎる事を何より恐れた。同盟関係でしか繋がっていないと思いこんで、距離を取ろうとした。
けれど、結局できなかったのだ。
「好きです。私も、あなたが好きです」
「ああ・・・」
何年ぶりだろう。声を出して泣いたのは・・・。遠い記憶を辿って、これが初めてなんだという事に気づく。
この人は長い間しまい込んだ私の涙を引き出してくれた。あなたの言葉全てに私は救われていたのかもしれない。
憧れていた。あなたの後姿を誇らしく感じ、私は少しでも近付きたくて手を伸ばした。
その手を、あなたは優しく受け止めてくれた。
何も知らず、その手を放そうとした私はなんて愚かだったのだろう。

私は、あなたが好きです。
ずっと・・・ずっと前から・・・。

あなたが・・・好きなんです。