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軽い足取りで駅のホームを走る少年。少し大きめの青い制服と色素の薄い茶色の髪が揺ら揺らと揺れている。自分の背丈の半分はある封筒をを小さな両手でしっかりと持ち、髪の色と良く似た色の瞳を輝かせてその少年は急ぎ早に目的地の部屋に向かっていた。

「有楽町!!」
勢いよく扉が開かれる。どうやら休憩中だった有楽町がびっくりした様子で少年を見た。
「西武有楽町?!」
「誰もいないか?!」
「ああ。今日は俺一人だけど…どうしたの?」
いつもは、副都心も一緒に休憩を取っている事を西武有楽町は知っている。それ故に、さっきからきょろきょろと周りを気にしていたのだ。
そんなしぐさを、有楽町は可愛いなと小さく笑う。幼い西武有楽町の行動一つ一つが可愛いと有楽町は思っている。そんな事を言ったら気分を悪くする事はわかっているからあえて言わずにいるのだが・・・。
「お届けものだ!!」
ずいっと、抱えていた封筒を有楽町に渡す。随分と大きい封筒に、持ってくるのが大変だったろうにと労いの言葉をかけて、有楽町の頭を数回撫でた。
「それで?これは誰から?」
「西武池袋だ!!」
「そ、そう…」
池袋にしては酷な事を頼んだなと有楽町はため息をついた。こんな大きな書類、わざわざ西武有楽町に頼まなくても言えば取りに行ったのに・・・。
「じゅうようしょるいだ!!」
「重要書類?」
重要書類…。その言葉に有楽町は首をかしげた。そもそも池袋から貰う書類のほとんどは重要書類とされ、外には決して出ないようになっている。
有楽町は、普段から西武有楽町を介して池袋に重要書類を渡しているはず。
それなのに、どうして今日はこんなにキラキラした目で西武有楽町は自分を見ているのか…。どうにも有楽町には理解ができなかった。
「すぐ見て返事が欲しいと言っていた」
「あー。そっか」
さっそく封筒の中身を確認する。大きな袋の中に、冊子とポスターが入っている。
「西武…感謝祭?」
嫌な予感が有楽町の脳裏をよぎった。この堤宗教集団の感謝祭…。
この手作り感は西武のやつらお手製なのだろう。そう考えるとますます見るのが躊躇われる。
「早く見てみろ!!」
有楽町の嬉しそうな顔に逆らえず、恐る恐る中身を見る。
「…やっぱり…」
1ページめから会長のお言葉が長々と10ページにわたり綴られている。
その後に、西武の歴史と時代背景、そしてとどめに西武グループの割引チケット。
もう、何がなんだかわからない。
「・・・これ、何がしたいの?」
「最後だ!!最後のページだ!!」
促されて、最後のページを開く。そこには、感謝祭の日時と場所が書かれてある。わかりずらい・・・。まさか最後のページに持ってくるとは。
終電後の数時間、その感謝祭は開かれるらしい。
「営団は西武と少しは関わりがあるからな!!」
「それなら、副都心もそうだろう?」
「あ、あいつはだめだ!!わたしは、有楽町を誘いに来た。ないしょの会だからな!!絶対に知らせるな!!」
普段から子ども扱いする副都心を西武有楽町はあまり良く思っていない。だからだろう。ないしょの会とは面白い事を言うと、有楽町は笑った。
「それで?このポスターは…?」
「わたしが描いた。それを西武池袋が大きくしてくれたのだ!!」
一生懸命描いたそのポスターを眺めて、有楽町は目を細めた。色とりどりのクレヨンを使って描かれている。
本当に楽しみにしているのだろう。そのイラストには西武の面子と電車、そして小さいが、有楽町もそこに描かれていたのだ。
「これじゃあ、断れないだろう」
苦笑いをして有楽町はため息をついた。逃げ場がない。そこに自分が存在してしまっているのだから。
「いいのか?!参加なのか?!」
ぱぁっと西武有楽町の顔が綻んだ。こうなってしまっては参加するしかない。こんな嬉しそうな顔をされては断れないに決まっているのだ。
「ああ」
「西武池袋に言っておく!!遅れるなよ!!」
「それで?俺の他には誰が来るの?」
副都心に内緒だと、東上か、それとも銀座か丸の内あたりか…。そう有楽町は頭に数人思い浮かべる。
「営団はお前だけだ!!光栄に思え!!」
「え。ええええええええ!!!!!!」
強烈な宗教集団に一人で飛び込むようなものだ。そんなの地獄以外の何物でもない。
「ふ、副都心とか、東上とか誘って・・・」
「貴様だけでいい。絶対誘うな」
「でもさ、俺だけってわけには」
「だから、ないしょだ!!内緒の会だからな!!」
内輪で内緒とか嫌過ぎる。
「時間だから、行くぞ!!」
嬉しそうに弾む足取りで、西武有楽町は池袋の元へと走る。
その後姿を見送りながら、覚悟を決めるしかないと腹をくくった。
きっと、西武有楽町が誘いたいと言ってくれたに違いない、嫌がらせではないと心で何度もつぶやいた。
とりあえず、胃薬と耳腺は持って行った方がいいだろう。
そして、普段はあまり見られない西武有楽町の楽しそうな姿を楽しみに、あまり西武の感謝祭の内容は考えないようにしようと、有楽町は心に決めた。


あぁ。本当に楽しみだ。西武有楽町の嬉しそうな顔をみるのが・・・。
そう何度も暗示をかけながら・・・。