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命日は春だった。
あの方は春の暖かさを知って逝ったのだろうか・・・。

この時季になると、決まって池袋は無口になり、ホームに佇む時間が長くなる。
池袋だけではない。西武全体が重い空気になっているのだ。
大切な人を亡くす気持は俺自身、身をもって知っている。
喪失感と失意。それでも俺たちは走らなくてはいけないのだ。例え失くしたくないものを失っても…。それでも電車は動く。俺達も走らなくてはいけない。


時が流れ、過去になっても…この日だけは西武池袋の時間はあの日に戻ってしまう。
俺の知らない、あの時間に・・・。

「有楽町…」
「西武有楽町」
堤康次郎を知らない幼い西武。小さい体ながら、この空気は読み取っているのだろう、少し元気がない。頭の良い子だから池袋や他の仲間には言わないだろうな。
「何か、トラブルでもあった?」
「いや。何もない」
「そう。良かった」
「西武池袋が…」
「どうしかしたの?」
「池袋駅にいた」
言葉が続かないのか、言葉が見つからないのか、それ以上西武有楽町は口を開かなかった。この時間なら池袋駅にいてもおかしくはない。けれど、西武有楽町は池袋の様子が気になってしょうがないのだろう。
西武有楽町にまで心配をかけて・・・。
「わかった。後で様子を見に行ってくる。ちょうど書類を渡す用もあったし」
「そうか」
少し安心したみたいだな。数回頭を撫でると子供ではないとふてくされて、西武有楽町はまた業務へと戻っていった。
元気が少しでも戻って良かった。
問題は西武池袋の方だ。
池袋駅。
葉桜を見ながらきっと堤会長の思い出に浸っているのだろうか。
東京駅にはさすがに行かないだろう。行ってしまったらきっと戻ってこれなくなる。それは池袋自身がよく知っている事だ。
何かしてやれるわけではない。
余計な御世話かもしれない。
けど、放っておけない。
自然と足が速くなる。
池袋駅、西武池袋線ホームに、青い制服を来た池袋の姿が見えた。
人が少ない午後のホーム。そのベンチに池袋は座っていた。
「西武有楽町が心配してたぞ」
「営団か」
上からモノを言う風でもなければ、怒るわけでもない。静かな池袋の声だった。
「毎年命日近くなるとお前はこうなるよな」
「うるさい。そんな事」
「ないわけないだろ?」
「・・・」
「まぁいいや。説教しに来たわけじゃないし」
「何しに来た」
「隣にいようと思って」
「何?」
「俺も、傷心なんだよ」
「・・・?」
「お前が、遠くを見ているから」
「有楽町」
「だから、隣にいてもいいだろう?」
「・・・勝手にしろ」
沈黙。それでも流れる空気は穏やかだった。
暖かな春の風。
あなたはこの風に包まれて逝ったのですか?
どんな気持ちで、西武を残して・・・。
俺はあなたを知らない。知る必要はない。
けど、池袋をここまで崇拝させたあなたを一度見てみたかった。
叶わぬ願いだというのはわかっていても・・・。
春の風が一気にホームを吹き抜ける。
その風に乗るかのように、ふと池袋が俺の手を握った。
「池袋・・・」
やっと、繋がった。
俺も、不安に感じていないと言えば嘘になる。近くにいるのに遠くに感じるのはとても寂しく、悲しい。
時々遠くを見るのは、堤会長を追っているから。
俺が知らない池袋がいる気がして、目を逸らしていた。けれど、毎年この時季になると嫌でも思い知らされる。
自分は、池袋の目に映っていないのだと。
だから、少しでも池袋を側に感じていたい。繋がれた手が、唯一の救いなのだ。

池袋の手は少し冷たかった。自分の手の熱で、温められればいい。そう思い、俺は少し握る手に力を込める。
池袋の時間が戻るように、祈るように。


堤会長・・・。
羨ましいですよ。
後にも先にも、池袋に想われているのはあなただけなのだから・・・・・・。