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「少しでも感づかれたら…わかっているだろうな」
顔元で低く呻るような声で脅しをかける池袋に、有楽町は後づ去った。
そもそも、どうして自分がこんな恰好でしかも西武有楽町の部屋に忍び込まなくてはならなかったのか。
それは昼にさかのぼる。



「貴様、今日は何の日だ」
いきなり有楽町の元に訪れ、事務所の机で仕事をしている目の前に仁王立ちの恰好で立つ池袋に、有楽町は不思議そうに首をかしげた。
「クリスマス…イヴ…だな」
この時期になると、やたらカップルが目立つ。乗車率はあまり変動はないが、ホームで戯れるカップルが多いと嫌でも意識せざるおえなくなる。
それが何なのだろうと池袋を見ると、腕を組みしばらく考えている様子だった。
「夜は空いているのか?」
「え?」
突然の誘いに、面を食らった顔で池袋を見た。
「時間はあるかと聞いているのだ」
もう一度、今度は眉間に皺を寄せて不機嫌そうな声で有楽町に尋ねる。
「あ、ああ。特に…」
イヴに用事がないのもそれはそれで寂しいものだなと頭の隅で思った。
いつもならイヴには銀座主催のパーティーがあるはずなのだが、予定が合わず明日になった。
まぁ、クリスマス当日は明日なのだから、特に問題はないのだが…。
「わかった。それでは業務終了後、貴様を迎えに行く」
「へ?」
思ってもいない池袋の言葉に、思わず間抜けな声が出てしまった。
「何か文句でもあるのか?」
「いや、ないけど…さ」
「それならいい。話はそれだけだ」
言いたい事だけ言うと、池袋は足早にホームを去った。
「迎えに…くるんだ」
イヴに池袋が迎えに来る…。これは、デート?
そう思うと口元が緩んだ。少しは自分の事を意識してくれているのかと思うと、それだけで嬉しくなった。恋人と言える関係になったのはついこの間の事。しかし、夢のような甘い時間など微塵もなく、いつもの毎日と気持ちをなかなか表に出さない池袋に有楽町もいささか参っていた。
池袋が有楽町をまさかイヴに誘うなんて自身も夢にも思っていなかった。
想っているのは、自分の方ばかりと思っていたから。
「よしっ!!」
今日一日何のトラブルもなく業務を終わらせなければいけない。池袋が迎えに来てくれるのだから。
有楽町は足取り軽く事務所に戻った。



早々に業務を終わらせ、有楽町は事務所で池袋を待った。

「用意はできているか?」
聞き慣れたその声に、待ちわびていたように振り返る。
「行くぞ」
先に歩いて行ってしまった池袋を追いかけるように有楽町は事務所の扉を閉めた。

足早の池袋を小走りで追いかけ、その腕を掴む。
「ちょっ、池袋早いっ」
「予定より遅くなってしまった。急ぐぞ」
「どこに行くんだよ」
「ついてくればわかる」
何も言わない池袋に多少の不安を覚えるも、大人しくついていくしかない。
有楽町はそれ以上何も言わず、池袋に従った。
どんどん見知った道を通って行く。
「…ここ…お前の家だよな?」
まぎれもなく西武の敷地。
「お前の部屋に行くのか?」
「ああ」
「じゃあ、早く…」
「待て」
有楽町を制止させ、きょろきょろと辺りを見回している。さすがに何かおかしいと訝しげに池袋を覗き込む。
「池袋っ」
後ろから声がして振り返ると、他の西武の面々が揃ってこちらに向かって歩いてきた。
「へ?」
「遅いぞっ。とっくに西武有楽町は寝てしまったではないか」
不機嫌そうな拝島の背後から、新宿が大きな紙袋を有楽町の前へと差し出した。
「まぁ、好都合だけどさ」
「これ…何?」
差し出され、反射的に受け取ってしまった事に、若干後悔を覚えつつ、その紙袋の中を覗き込んだ。
「サンタ…服?」
「我々だと気づかれた時面倒になる。よって、貴様が適任と言う事になった」
「あの。全く意味がわからないんだけど…」
「西武有楽町はサンタを信じている。朝プレゼントが置いてなかったら泣くだろう」
「いや、だから…」
「貴様は本来ここに来るはずのない人間だ。心おきなく置いてくるがいい」
「いや、それでも気づかれたらそれこそ大騒ぎだろう」
「それで西武有楽町が怯えてトラウマになったら身をもって償え営団!!」
「…もう、いいや」
これ以上言っても事がややこしくなるだけ。要するにサンタの格好で西武有楽町の枕元にプレゼントを置いてくればいいのだ。どうしてそれだけの事にこんな時間をかけるのだろうとため息交じりに袋の中身を引きだすと、何かが足りない事に気づいた。
「あれ?」
「新宿。お前、ズボンはどうした?」
西武秩父が有楽町の持っていた袋に何もないのを確認して尋ねる。
「この方が可愛いじゃんっ」
「これっ!!女物か?!」
「こんなの着れるかぁ!!」
「まぁいいじゃん。着ちゃえばさ」
「じゃあ、新宿が着ろよ!!」
「それは営団の役目だろ?」
「だから!!何でそうなるんだよ!!」
「西武有楽町はサンタを信じている。朝プレゼントが置いてなかったら泣くだろう」
「何だよ!!それ聞いたよ!!数分前に聞いたよ!!オレが聞きたいのはそんなんじゃないから」
「諦めろ有楽町。貴様が行く事は決定済みだ」
国分寺が自信たっぷりに有楽町の肩を叩く。
「勝手に決めないでくれ・・・」
「早くしろっ。このままじゃ朝になってしまうぞ」
苛々と池袋が半ば強引に池袋の部屋に押し込んだ。
「恨むからなぁ!!」
半泣きになりながら、有楽町は用意された衣装に袖を通した。


「着替えたか?有楽町」

池袋が部屋をのぞくと、嫌々ながら前を抑える有楽町の姿が見える。
「お前…」
「うぅ・・・足元スースーするよー」
背が高い所為か、本来ひざ丈スカートがミニスカ状態になり、すらりとした細くて白い足が艶めかしくさえ映る。

「ズボンは…はけ」
「え?」
「今すぐだ!!」
「わ、わかった」
池袋の言葉に、助かったとばかりに持っていたスラックスを穿き直す。
着替え終わり部屋から出た有楽町に、池袋以外不満の声を上げたが、池袋が一喝し黙らせた。
「いいか。くれぐれも起こすんじゃないぞ」
「はいはい。わかったから・・・」

ひらひらと手を振ると、ゆっくと部屋の扉を開けた。
西武有楽町の寝ているベッドまで慎重に近付き、ちゃんと寝ているか確認をするために覗き込んだ。
すやすやと寝息を立てる西武有楽町を見るのは久しぶりで、思わず顔がゆるむ。
「よし」
靴下があるはずと周りを見ると、小さな白い靴下が目についた。
「…これにどうやって入れろと?」
普段、西武有楽町が仕事用に履く白い靴下がちょこんと乗せてあるだけで、他にそれらしいものはない。
飴玉しか入りそうもないので、そっと枕元にプレゼントを置き、その上に靴下を乗せた。
「来年は、もう少し大きいの用意しろよ」
西武有楽町の柔らかな髪をひと撫でして、気づかれないようにそっと部屋を後にした。
外で待っていると言っていたので、素早く着替えを済ませ外に出る。
「ちゃんと置けたか?気づかれていないか?」
帰ってきた有楽町に詰め寄る様に拝島は尋ねた。
「ちゃんと気づかれないで寝ていたよ」
「そっか。ご苦労さん」
西武秩父が持っていた缶コーヒーを有楽町に手渡すと、その暖かさがしみわたる様に手に伝わってくる。
「さぁて、俺達は飲みに行くけど、有楽町も一緒に行くか?」
「オレはいいよ。今日は疲れたから帰る」
「そうか。では送っていこう」
「えー?池袋も行かないのかよ」
「お前達も、明日早いのだからほどほどにするんだぞ」
「わかったよ。それじゃあ、今日はありがとうな。有楽町」
「ああ。西武秩父も飲みすぎないようにな」
「営団に言われるまでもねぇよ」
手を振って去っていくその姿を見えなくなるまで見送った。


「行くぞ」
「ああ」
街灯の明かりも少ないその道に二人きり。靴音だけが響いている。

「御苦労だったな」
「明日プレゼント見たらびっくりするだろうな」
その姿を見れないのが残念ではあるが、きっと喜ぶだろうなと有楽町は小さく笑った。
「全く、サンタなど面倒くさい事を教え込んだものだ。毎年やらねばならなくなるではないか」
「きっと、いつか自分で気づく日がくるよ。オレもそうだったから」
「…」
「銀座と丸ノ内がオレのサンタだったからなぁ」
「ふんっ。くだらん」
「…お前も…」
おずおずと出た言葉に、池袋は目を大きく開いた。
「…開業前…研修に行っただろう?あの時…」

ちょうどクリスマス時期と重なり、まだ定着していない文化の事を初めて銀座から聞いた事を思い出し、池袋に話した。

ー知っていますか?!さんたという人がいるらしいです!!良い子にプレゼントというものをくれるそうです!!ー

ーくだらん。西洋の文化など頭に入れる暇があるなら、ちゃんと仕事を覚えろー

「否定された気がしてさ、すっごく寂しかったんだ。けどさ…お前、オレの枕元にちゃんとプレゼント置いてくれたよな?」
「そんな事をした覚えはない」
「サンタが誰なのか知りたくてさ、うっすら目開けてたんだ。そしたら、お前がオレの枕元にプレゼントを置いてくれて、優しく撫でてくれた」
「夢でも見たのではないか?」
「なら、きっとすごく良い夢だな。幸せな夢だ」
池袋がプレゼントをくれたのは、その一回限りだったが、有楽町にとって忘れられないものになった。
きっと、池袋に言ったら、自分ではないと怒るだろうからずっと秘密にして・・・。

「送ってくれてありがとうな。ここでいいから」
「…待て」
「ん?」
「貴様、今日は何の日だと思っている」
「だから、クリスマスイヴだって」
「ホテルのラウンジは空いている」
「へ?」
「今から行くぞ」
「ちょっ・・・え?!」

「付き合えと言っている」
「あ・・・うん・・・」

手を引かれ、思わぬ手の暖かさに池袋の顔を見ると、耳まで赤くなっていた。
それは寒さのせいなのかわからないが、有楽町を高揚させるには十分だった。

「あっ!!」
ふと、頬に冷たい物が触れた気がして有楽町は空を見上げた。
「どうした?」
「池袋っ!!雪!!雪だ」
白い結晶がちらちらと落ちてくる。
「凄いな。ホワイトクリスマスだ」
何年振りかわからないイヴの雪。光を受け輝くその結晶に見とれるあまり、はぁっと白い息を出した。
「あまり見ていると冷えるぞ」
池袋が不意に有楽町の頬に手をあて、優しく撫でる。
「でも…」

「でもじゃない」

暖かな温もりが唇に触れる。
自然と有楽町は目を閉じた。

「…行くぞ」
「うん」

大人しく手を引かれ、歩き出す。
きっとこの雪はすぐ止んでしまうだろう。明日の業務には支障はない。
ただ、この瞬間だけはいつまでも降り続いていて欲しい。
そう、有楽町は心の中で願った。