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ホームで池袋が時刻表を見ていた。今日も平常通り遅れもなく動いている。満足そうに頷くと、遠くから小さい足音が近づいてきた。
パタパタと弾んだ足音に、池袋は西武有楽町かと小さく笑う。
走ると転ぶぞと注意をしようと振り返ると、そこには西武有楽町ではない少年が不安そうにこちらを見上げていた。
「貴様…誰だ?」
金色の髪に髪と同じ瞳。西武グループかと一瞬思ったが、こんな少年を見かけた事はない。できたばかりの新線・・・考えにくいがそれが一番濃厚だ。
「ぎんざせんはどこですか?」
「銀座線はここではない。丸ノ内にでも聞くといい」
「どうしよう・・・怒られちゃう」
目に一杯涙を溜めて俯く少年に、西武有楽町を重ねた。
他の者には厳しいが、西武有楽町には少々甘い。頑張って涙を堪えている少年が西武有楽町に近いと思った。
今なら休憩も取れる。池袋は小さくため息を吐いた。
「何があった?銀座に用事か?」
少年の目線の高さまでしゃがみ、優しく話しかける。
「今日から実習があると呼ばれました。さっきまでいっしょに居たのに…」
零れそうな涙を必死にこらえて、震える声で池袋に言った。
やはり新線か。どこを走るかわかっていないあたり、計画段階なのだろう。そう池袋は勝手に思った。
こんな重要機密を放すとは、たるんでいる。副都心線は紙袋を被せるくらい頑なに顔出しさせなかったのに・・・。小さな怒りが込み上げてきたが、それをこの少年にぶつけても仕方がない。
この子はどちらかというと被害者なのだから。
「そうか。こんな広い駅で心細かっただろう。泣かずによく頑張ったな」
金色の髪を撫でる。サラサラと零れる毛が光に透けた。
「でも・・・」
「お前が悪いんじゃない。目を離した銀座が悪い。私がお前を銀座の所まで連れていってやる。安心しろ」
その言葉に、曇っていた顔が一気に晴れた。
「ありがとうございます!!」
その笑みと声がある男と重なる。
それは西武有楽町ではない。自分の良く知っている、少年と同じ金の髪の青年に・・・。
「お前は、私の知っている男に似ている」
手を引かれ、まっすぐ前を見ていた少年が池袋の顔を見上げた。
「人が良すぎるせいでいつも損をしている男だ。無理ばかりして、自分の心配より人の心配ばかりをするおせっかいでどうしようもない男だ」
「そのひとの事が嫌いなんですか?」
「嫌いだな。見ているだけで苛々させられる。優しすぎるのだ。その癖自分には厳しい。だからすぐ無理をして損をする。この間も・・・」
次から次へと出てくる言葉に、池袋はハッと我に返った。
「すまない。ベラベラと話しすぎた」
「いいえ。良く見ているんですね。その人の事を」
「なっ!!違うぞ!!」

「いいなぁ」

少し寂しそうに少年は俯いた。
「自分は必要とされて生まれてきたって教えられました。けど、ずっと本部だったから、駅やホームに自由に出入りができなくて…。今日、初めてこんな広い場所に出たんです。けどすぐはぐれちゃったし、はじめての人も苦手だし・・・こんなんじゃ他の人と上手くやっていけるのか」
不安そうに顔を曇らせる少年。池袋はまた小さく溜息を吐いて、その後少年の両脇を掬いあげて自分の目線の高さまで抱き上げた。
「ひゃあ!!」
あまりの出来事に、小さく悲鳴をあげてびっくりした顔で目線の高さにいる池袋を見る。
「お前は、新線なのだろう?なら自分に誇りを持て。私にちゃんと話しかけられたじゃないか。大丈夫だ。地下鉄なら仲間も沢山いる。きっとお前の力になってくれるだろう。それでも不安に感じるのなら私の所へ来い。歓迎してやる」
地下鉄なら有楽町がいる。真っ先に池袋は有楽町の顔を浮かべた。世話焼きで優しい彼ならきっとこの少年も可愛がってくれるに違いないと確信を持って。
「だから、そんな不安そうな顔をするな。笑え」
小さく笑って頭を撫でると、少年の顔が少し赤らみ、そして安心したように大きく頷いた。
やっぱり似ている。
そう池袋は目を細めた。
丸ノ内線の駅員に銀座がちょうど有楽町線に向かったと情報を貰い、有楽町線へと向かった。
嬉しそうに手を繋ぎ、足取り軽くスキップをする少年に、池袋も自然と顔が綻ぶ。そしてそんな池袋を見上げては少年もやわらかくほほ笑んだ。
有楽町線のホームへ着くと、有楽町と銀座が何やら話し込んでいた。
こんな子供を一人にして、文句の一つでも言ってやらねば。そう足を速めた瞬間・・・
「ぎんざぁ!!」
池袋の手を離れ、少年は嬉しそうに銀座の元へと駆け寄った。そして、その姿は銀座をすり抜け、すぅっと消えてしまった。
一瞬の出来事に、池袋は言葉を失った。
「あ・・・珍しいお客だね」
「ホントだ。池袋?どうした?」
立ち尽くしたままの池袋に近づき、覗き込むように有楽町は話しかけるが、呆然としたまま口を開こうともしない。
「大丈夫?狐にでもつままれたような顔をしているよ?」
「おーい。池袋?どうしたぁ?」
何度か顔の前で手を振ると、我に返った池袋がようやく口を開いた。
「さっきまで、貴様と同じ色の髪の少年と一緒だったのだが・・・」
「え?」
「貴様の所で新線が走る予定はあるのか?」
「いや。副都心が開業したばかりだろ。路線の延長の検討はされても、表だって新線が開業する予定も今のところ聞いてないし。それに、企画が立っていてもまだ表には出せないから副都心と同じ扱いをするはずだしなぁ」
「そうか・・・それならあれは・・・」
幽霊だったのか?それにしては鮮明すぎる。けれど、池袋の目の前で消えたのだ。それも銀座の名を呼びながら。
「銀座。貴様有楽町と同じ髪と目の少年に心当たりはないか?」
「いいや。今のところは有楽町だけだね」
「そうか・・・」
「ふふっ」
「貴様、何がおかしい?」
「いや、昔有楽町も同じような事を言っていたから」
「え?!俺がか?」
「うん。初めて有楽町が実習の為にここに来た時かな。目を離した隙にいなくなっちゃってね。今までこんな広い場所に連れていった事がないから、不安で泣いているだろうと思って随分探したんだよ。そしたら、嬉しそうに走ってくるから、びっくりしてね」
「それが、池袋の話と何の関係が?」
「金の髪のおにいちゃんに連れてきて貰ったってはしゃいでいたんだけど、どこにもいなくて・・・そしたら有楽町ってば大泣きしちゃって大変だったんだよ。どこにもいないって言ってね」
「俺、全然覚えてない・・・」
「まぁ、昔の事だからね。でも、あれ以来ちょっとした怪談話ができたりして面白かったけど」
「うわ・・・ホントかよ。あっ、だから俺怪談話とか苦手になった?とか?」
「あぁ、それは丸ノ内が面白がって夏に百物語したからだと思うよ?」
「・・・だよな・・・」

有楽町と銀座のやりとりを、池袋は目を細めて見ていた。二人を・・・というよりは有楽町の方なのだが。
心細そうに自分を見ていた少年はもしかしたら有楽町だったのかもしれない。幻なのか、それとも夢なのかわかならい。けれど、あの表情は有楽町に似ていたのだ。
ありえない事。けれど、池袋は小さく笑っていた。
あれが有楽町の昔の姿なら、小さな体で抱えていた不安はきっと晴れる。
なぜなら、有楽町の周りには沢山の仲間がいるのだから。
それは有楽町本人を見ればわかる。
池袋は有楽町を通して、幼い少年の姿を見ていた。
「さて、僕は行くね。お邪魔しました」
「ああ」
銀座を見送ると、ゆっくり伸びをして池袋を見た。
「ちょうどひと段落したから、お茶でもどうだ?」
ダメ元で池袋を誘う。
「仕方ない。付き合ってやろう」
意外な返答に、一瞬驚いて目を大きく開いたが、池袋が怪訝な顔をすると苦笑したのち、嬉しそうに頷いた。
「うん。行こう」
その後姿に、幼い有楽町を重ね目を閉じる。
「いけぶくろ!!」
一瞬幼い少年に呼ばれた気がして目を開くと、嬉しそうに手を振る有楽町が立っていた。
「早くしろよ!!」
「貴様に言われなくても分かっている!!」
不機嫌な声で返事を返すが、その顔は怒ってはいなかった。
むしろ優しく笑っているようにも見える。
有楽町はあえてその事には触れず、あまり見られる事のない池袋の表情を嬉しそうに眺めていた。
その表情に、どこか懐かしさを覚えながら・・・。