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「先輩。また残業ですか?」
終電を見送り、今日の業務を終えた副都心はパソコンとにらめっこ中の有楽町を横目で見ながら尋ねた。
「ああ。今日東上が遅れただろう?対応に追われて報告書が書けなかったからさ、今頑張ってるところだよ」
「はぁ・・・」
自分も今日の報告書なんて半分も書いていないのに・・・。そう副都心は思った。明日本部に提出でもかまわない報告書なだけに、今日わざわざやる必要なんてない。
そういえば、今日の有楽町は何だか色々飛び回っていた気がする。副都心も対応に追われはしたが、有楽町までではない。
世話を焼くのもここまでくれば重症だ。
「ホント、損をする性格ですねぇ」
小さく呟く。
「何だ?何か言ったか?」
あまりに小さな呟きに、聞き流したかと有楽町は改めて聞きなおす。
「いえ。先輩、心を無にして、最初に思い浮かぶ人物は誰なんでしょうね」
「何だ?突然・・・」
「いえ、あまりに良い人過ぎて、一番大切な人の事に気づいていないんじゃないかなぁって・・・」
「え?」
「余計なお世話でしたね?じゃあ、俺はお先に帰ります。お疲れ様でした」
「ああ・・・また明日な」
「・・・そうそう、さっき西武池袋さんを見ましたよ?西武有楽町さんも帰ったのにホームにいるなんて珍しいですよね?それじゃあ、今度こそ失礼します」
そういい残して副都心は帰っていった。
「大切な人・・・か」
そういえば考えた事もなかった。今までが多忙すぎて、有楽町にはそんな事考える隙間さえなかったのだ。副都心開業、ダイヤ改正、遅延、事故、振り替え輸送・・・。
日々の業務に追われるあまり、立ち止まる事さえできなかった。
あまりムリをすると倒れるぞ。
誰に言われた言葉だろう。
ほとんど報告書はできている。見直しをしてプリントアウトをすれば今日の業務は終了するのだ。けれど有楽町は明日の事まで今日しようと考えている。無意識に、仕事を増やし多忙にしている。
何をそんなにがむしゃらにやっているのだろう。
ふと手を止め、有楽町は考えた。
「馬鹿馬鹿しいと池袋に言われそうだな」
目を閉じて訝しげに自分に言い放つ池袋を思い出し苦笑した。
「わかってるよ。がむしゃらすぎるんだよな、俺は」



「有楽町、貴様まだいたのか?」
聞きなれた声に有楽町は振り返ると、西武池袋が腕を組んで立っていた。
「池袋?!」
どうして?そう言おうと口を開く前に、ずかずかと事務所に入ってきた。
「ここ、お前の嫌いな営団の事務所だぞ?」
そう皮肉ってみると、
「わかっている。私も好きで入ったわけではない。今すぐにでも出ていってもいいが、貴様がいるからな」
そう返された。どういう意味なんだろう。
「東武がへまをしたおかげで貴様に被害がいっただろう?西武有楽町もえらく心配していた。いつも来る電車が来ないのだからな」
「ごめん。今日は連絡が遅れた…もっと早くするべきだったのに」
「悪いのは東武だろう?今回は全て東武の所為だ」
「お前ら、本当に仲が悪いな」
「ふんっ。当たり前だ。敵だからな」
「ああ。そうだったな。お前は西武以外敵視してるもんなぁ」
なら、どうしてここに来たのだろう。
「西武有楽町が貴様がやつれていると言っていた・・・」
「え?」
「一昨日も昨日もここの電気が付いていた。ずっと残っていたのだろう?」
「お前…見に来てくれてたのか?」
「ちっ!!違う!!断じて違う!!たまたまこっち方面に用事があっただけだ!!」
わざわざメトロまで来てくれたの?とはあえて聞かなかった。飲み込んだ言葉、その答えは明らかなだけに嬉しかった。
「もう、仕事は終わったのか?」
「ああ。プリントアウトもしたし、今日はこれで帰るよ」
「そうか・・・」
心なしかほっとした顔をする池袋。普段は見せない表情が有楽町にとっては嬉しい発見だった。
「副都心に心の中で最初に浮かぶ姿は何だって聞かれたよ。周りに気を使いすぎて、本当に大切にしたい人を見失っているんじゃないかって。考えたんだ。そしたら、一番最初にお前の顔が浮かんだ」
「な、何だいきなり!!」
「ありがとう、池袋。心配してくれて。俺、少し見失っていたみたいだ。忙しさに酔っていたのかもしれないな」
「有楽町。お前はもっと自分を大事にした方がいい。あまりムリをすると本当に倒れるぞ」
その言葉がひどく胸に響いた。
そうか・・・池袋だった。あの言葉をくれたのは・・・。

「ありがとう・・・池袋」
心からそう思った。口に出して言うとなんだか恥ずかしい。ありがとうなんて言いなれているはずなのに。
「帰るぞ」

「あ、ああ」
何の言葉もなく、すたすたと歩き出してしまった池袋を追いかけるように手早く身支度をして事務所の電気を消した。

池袋の後ろを追いかけながら、少しだけ池袋の顔を覗き込んだ。
はっきりと池袋の表情は見られなかったが、耳がほんのりと赤くなっている事に気づき、有楽町は恥ずかしいのは自分だけじゃなかったんだなと笑った。
とても小さく、池袋に気づかれないように。
そっと・・・。