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ーへへぇーいけぶくろ?今どこぉ?ー
「貴様、酔っているだろう?」
ーえぇ?よってらいよぉ?ー
「舌っ足らずなくせして何を言うか」
ー俺偉いんだぞ?西武のホテルの前で飲んでるからなぁー
「だからどうした?」
ーうん。だから、西武の近くのー
「くだらん。切るぞ」
ーんー。お疲れならいいんだ。声が聞きたかっただけだから。じゃーなぁーー
こんな時まで有楽町は池袋に気を使い切ろうとする。その無意識の行動に池袋は下くちびるを噛みしめた。
「・・・待て」
ーんぁ?ー
「貴様、今どこにいる。詳しく教えろ」







池袋自身、なぜ有楽町の所に行く気になったのか、いまいちわからない。
だが、酔って池袋に電話をかけることなど今までなかった。
一度も。
「あー。きたぁー!!こっち!!こっち!!いけぶくろ!!」
これでもかと手を振り、大声で池袋を呼ぶ。幸いひっそりとした通りの屋台で良かったと池袋は心から思った。
「貴様、西武の敷地の前で騒ぐな」
確かに、有楽町は西武のホテル前で飲んでいた。しかもこの時代数も少なくなったおでんの屋台で。このミスマッチに、池袋は昭和じゃないかと錯覚さえ覚える。
「ほらぁ!!座れよぉ」
有楽町しか客のいないおでん屋台。不機嫌な顔で有楽町の隣に座り、有楽町がすかさず冷!!と店の親父にごきげんにオーダーした。
「貴様、いつもこんな所でおやじのように飲んでいるのか?」
「いんやぁ。いつもはショットバーとか、居酒屋とか?」
「なぜ疑問形なんだ」
「まぁ、色々行ってるんだよ。付き合いとかぁ」
「それで、何があった」
なみなみ注がれた日本酒のグラスを持ち上げながら、池袋は尋ねた。
「とりあえずかんぱぁい」
カチンとグラス音が響く。
久しぶりの酒の味。まさかこんな所で日本酒におでんとは…。あまりのミスマッチに店を変えたいとさえ思う。雰囲気を求めているわけではないが、いかにもな場所でいかにもな内容の話題が、池袋には耐えがたかった。目の前のホテルのバーならまだ開いているはず。けれど、有楽町はここから動く気はなさそうだ。うっとりと日本酒を眺めながら、ときおり池袋にへらへらと笑いかける。
「…珍しいと思い来てみたら、ただの酔っ払いではないか」
「んー。でも、俺はお前が来てくれてよかったよ。来てくれないんじゃないかなぁって」
「何かあったのか?」
「んー。ちょっとねぇ。本部とねぇ」

「貴様、何かしでかしたのか?」
優秀とさえ言われる有楽町が早々粗相などするはずもなく、あまりの珍しさに池袋も思わずグラスの酒をこぼし、木のカウンターに染みを作った。
「いんやぁ。ちょっと突かれただけ。副都心の事とか、西武の接続の事とか、東上の事とか…。まぁ、ちっちゃい事色々とさぁ。おえらいさんも大変なわけよ!!だから、俺にちょっとでも愚痴りたいんじゃないのかなぁ~」
「そうか」
確かに、有楽町は多くの他路線を接続で抱えている。愚痴を向けるのは副都心より有楽町に向けられる。年長者なら尚更…。
「俺は、みんな大事なわけよ。東上はああ見えて結構いい奴だし、副都心はだんだんと仕事にも慣れて、ミスも減ってきた。西武有楽町は小さいながら頑張ってくれてる。池袋だって、こんな俺のぐちを黙って聞いてくれるし、色々助かってる部分だってあるんだ。…けど、上はそれをなかなか評価してくれない。不満だけを言うんだよ。不満を言って、色々難題を押し付けてくる。見てほしいところはそこだけじゃないのに…。だから、やけざけー」

「有楽町」
「俺はちゃんと見てるんだぁ…俺だけはちゃんとあいつらを評価したいし、感謝もしたいんだ。…上はホントに何も見てないもんなぁ」
カラカラとグラスを傾け、氷のぶつかる音を聞きながら、有楽町はぼやいた。

「ありがとうな…来てくれて」

急に素面になる有楽町に、池袋は目を少しだけ伏せた。
酔ったといっても完全に酔い切れてはいない。それは池袋は最初から知っていた。だから余計有楽町が痛々しく見える。
何杯酒を飲んでも、酔いきれないのだ。
「…貴様は人が良すぎる」
「ん。そうだなぁ…」
「そんなお人好しを必要としているんだ。貴様は恵まれているな」
「んん・・・」
「おい?有楽町?」
隣で寝息を立てている。本気か、それともタヌキか…。
とにかくこのままにはしておけない。
全くと、文句を言いながら、池袋は勘定をすませ、有楽町を背負い歩きだした。


月の光が明るく二人の影を伸ばす。
「満月か」
背中の体温を感じながら池袋は呟いた。
「満月だなぁ」
それに答えるかのように、背中で声がした。
「最初から起きていただろう。さっさと降りろ」
「なんだよぉ。お見通しか」
「何年の付き合いだと思っている」
「ははっ。そうだなぁ」
「なぁ、池袋は?…俺が…」
そこまで言って、有楽町は口を結んだ。
「なんでもない」
「貴様を開業前から見てきた。…会長だって、貴様を必要だと思ったから接続を申し入れたのだ」
「そう、だな」
「…言いたくはないが、貴様との接続は必要だ」
「池袋?」
「だから、辛い時は辛いと言え。愚痴ならいくらでも聞いてやる」
「ん…」
背中で鼻をすする音が聞こえる。
「なっ!!泣くな馬鹿!!」
「ありがと…池袋」
こうなると性質が悪い。何よりも有楽町の泣き顔が苦手なのだ。
どうしたらいいのかわからなくなる。
「俺、お前が居てくれて良かった」
「当たり前だ」
「お前が最初で…良かった」
有楽町が何を言っているのか、一瞬わからず沈黙をしたが、それがあの時の事だと思い返し、小さく息を吐いた。
地下鉄計画が確定し、内輪でしかふれあいのなかった有楽町が初めて西武池袋に挨拶をしに来た。
真新しい制服と、緊張して不安そうな顔を浮かべる有楽町が池袋はとてもまぶしく感じた。

「は、はじめまして!!八号です!!よろしくおねがいします!!」

あの初々しかった少年が、有楽町という名を与えられ、こんな成長を遂げるなど思ってもみなかった。
希望に溢れ、地下鉄の中心のような存在。その誇りは今も有楽町の中にある。
救われているのは池袋も同じなのだ。それでも、その事を素直に口にはできないのは、性格の問題もあるからだろう。不器用すぎるのだ。
「有楽町、私は…」
そう言いかけて、有楽町をみると、今度は本当に寝てしまったようだ。
道理で背中が暖かいと思った。まるで子供の体温だなと池袋は小さく笑い、大きな青年を優しく揺らした。
「全く。仕方ないやつだ」
池袋の背中で穏やかな顔で眠る有楽町の寝顔は少しだけ笑っているようだった。
「…明日も晴れるぞ。有楽町」
月を見上げながらゆっくりと歩き出す。
明日も晴れる。その青空の元、二人はまた走り出すのだ。