小さい頃の自分は、ただ新しい世界に慣れる事に必死だった。
一つ一つの事を必死で覚え、遅れを取らないようにがむしゃらについていった。
「有楽町線。これが君の名前だよ」
「ゆうらくちょうせん…有楽町…」
「うん。おめでとう、有楽町。君の開業日が決まったよ」
その言葉に、オレは涙を零したのを覚えている。
何故か、涙が溢れて止まらなかった。
あれから随分と長い時間が過ぎたけれど、あの気持ちだけは未だ鮮明に覚えている。
出勤した有楽町を笑顔で出迎えた。
「おはよう。有楽町」
「どうしたんだ?銀座…それに丸ノ内も」
「どうしたんだって、今日はお前が開業した日だろう?」
「そうだよ。おめでとう、有楽町」
「あ、そか…」
「そうかじゃないだろ?」
「まぁまぁ。はい。僕達からプレゼント」
そう言って手渡されたのは小さい箱だった。
「これは?」
「開けてみて」
そっと箱を開けてみると、何とも煌びやかな有楽町線のマーク。
「こ、これは…」
「ダイヤと、金を使ったタイピンだよ。使ってくれると嬉しいな」
心の中で使えるか!!と突っ込んだが口には出さなかった。
「もったいないから、飾っておくよ…。ありがとう」
「うん。喜んでもらえて良かった。じゃあ、もうそろそろ始発が発車する時間だから戻るね」
「またなっ!!」
重鎮二人が去った後は、何故か寒い風が吹き抜けた気がした。
「いたぁぁぁぁ!!!」
遠くから聞こえる声に、有楽町は振り返る。
「有楽町!!」
「あっ!!ずるいですよ!!西武有楽町さん」
お互い争うかのように有楽町に向かって走ってくる。
「「おめでとうだぞございます!!」」
その声は綺麗にハモった。
「あ、りがとう?」
「私の方が早かった」
「僕ですよ」
「どちらも同時だよ」
「むぅ…」
「ま、いいですけど…」
「ありがとうな。嬉しいよ」
二人の頭を撫で、有楽町は笑った。
「僕からです。エチカで買った限定の目ざまし時計ですよ。これで朝もばっちりですね」
「ちょうど壊れていたんだ。助かったよ」
「これっ、これ!!」
西武有楽町はもじもじしながら紙袋を渡した。
「なんでもしてやる券と…くるくるトレイン?」
「スマトレだ!!」
「ああ。西武の新車両ね」
「あと、わたしを呼べばなんでもしてやるけんだ!!」
「ありがとう。大切に使うよ」
西武有楽町の頭を撫でる。
「二人ともありがとうな」
西武有楽町と副都心は顔を見合わせて笑った。
「もうすぐラッシュになるぞ。今日もよろしくな」
「はい」
「うむ!!」
二人を見送り、ようやく一息つけると苦笑する。
今日は色々賑やかになりそうだとため息を吐くも、その顔は笑顔だった。
すれ違う度に、おめでとうと言われた。
わざわざ会いに来てお祝いをくれた。
気づくと、自分の机に贈り物が占領していた。
けれど、池袋の姿だけは最後までなかった。
時刻はもう11時50分を指している。
もうすぐ、終わってしまうなと少し寂しい気持ちになる。
「営団」
後ろから声をかけられ、思わず口元が緩んだ。
「メトロだよ。池袋」
振り返り池袋を見ると、いつも通り仁王立ちでこちらを訝しげに見ている。
「そんな事どうでもいい」
「まぁ、いいけど。どうしたの?」
「貴様に用などない」
「そう?」
会話が終わってしまい、しばらく無言が続いた。
「…きまぐれだ」
「え?」
「気まぐれだから、飲みに付き合ってやってもいい」
有楽町は大きく目を見開いた後、その目を細め、笑った。
「…光栄だよ。池袋」
「…」
「ありがとう…」
「ふんっ!!」
恵まれている。
トラブルメーカーだが憎めない後輩がいて、弟のように可愛い乗り入れ先があって、自分を開業前から見守ってくれる仲間がいて…大好きな人がいる。
-おめでとう、有楽町。開業日が決まったよ-
希望があった。不安もあった。
けれど、ここまで走ってこれた。そしてこれからも…。
「幸せだな」
「どうした?」
「なんでもない。さて!!終電まで頑張りますか」
「当然だ。終電間際に事故られても困る」
「全くだ」
もうすぐ午前0時を迎える。
「有楽町」
「ん?」
「めでたくはないが、祝ってやる」
「何だよそれ」
言葉が可笑しくて有楽町は苦笑した。
もうすぐ、30日が終わる。
来年もこうして過ごせますように。
願わくば、幸せなままで…このままで…。