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きっと、僕は必要なくなる。
それなら、いっそ離れてしまえばいいじゃないか。

「それじゃあね」
「ああ」
キミはきっと何も言わないから。
「…っ…」
願っても叶わない願いなら、捨ててしまえばいいんだ。
背を向け歩き出す日光は決して振り返りはしない。
もっと繋がりがあった時はどんな話をしていた?
どんな風に笑い、どんな風に怒り、どんな風に困っていた?
「…遠すぎて…忘れちゃったよ…」
君には伊勢崎がいて、大切に思っていて、僕たちなど踏み台にしか思っていないと知った日から、僕達の関係は崩れていった。
言い訳など聞かない。いや、言い訳さえ言わないのだろう。
あの背中が振り返る事はもう…。

「日光!!」

僕の後ろで伊勢崎の声が聞こえる。
ほら、振り返った。

「日比谷」

ああ、半蔵門も一緒だったのか。
「どうしたの二人が一緒なんて珍しいね」
いつも通りに振舞う。
「たまたま会ったからなぁ」
「そう」
「そろそろ行くぞ、伊勢崎」
「う、うん。…あのっ、日比谷…」
「いってらっしゃい、伊勢崎。気をつけてね」
そう、いつも通り彼を見送ればいい。
「日比谷…」
何か言いたそうな目で僕を見る。
「早くしろ」
急かす日光と交互に見つめながら…。
そんな顔しないでよ伊勢崎。余計苦しくなる。
見ていたくないんだ。目を伏せたくなるから…そんな顔をして僕を見ないで。
「また…ね」
「また」
手を振って彼を見送る。見えなくなるまで、ずっと。


「あーあ。もう少し伊勢崎と一緒にいるべきだったなぁ」
「良いよ。余計な気を使わなくても」
「余計な気だって使いたくなるだろうよ。お前ら見てるとさ、こっちまでいたたまれなくなるんだよ。お互い腹の探り合いして、勝手に傷ついて」
「前にも言っただろう?日光は伊勢崎が一番なんだよ。昔も今も…これからだって…。僕達は部外者だ。東武に入り込むなんて、到底叶うはずがない」
「…有楽町と西武池袋はどうなんだよ。あいつら、うまくやってんじゃん。こんなにギスギスしてねぇし」
「勝手が違うよ半蔵門…」
あの二人はわかりあっているから。お互い心地の良い均衡を保ち、ずっと守り続けているから。
「一緒だろうがよ。お前らが素直じゃないだけだ。ってあいつらも素直じゃないけど、少なくともお前らより上手くやってる」
「だから…」
「ばっかじゃねぇの!!言い訳で壁作って、自分を守ってるだけじゃねぇかよ」
「半蔵門!!」
「日比谷は馬鹿だ…大馬鹿だ!!」
知っている。愚かな事だって知っているんだ。
だから半蔵門は好きになれない。
僕を見透かすから…。簡単に心を読んでしまうから。
「オレ、もう行くから」
ああ、君も振り返らず行ってしまうのか…。
僕を残したまま。

何故、僕から皆離れてしまうのだろう。

「言いすぎだな。あいつ」
背後から聞き慣れた声。
「に・・・っこう?」
どうして?だって君はもう…。
「ほらよ」

「何…?これ」

「日光土産。レモン牛乳ストラップ」
くしゃくしゃの包み紙。その中から小さいパック牛乳のストラップが出てくる。
「…あり…がと」

「伊勢崎に怒られた」
「え?」
「もっと話し合えってさ」
あぁ…。あの子は…。
「僕もだよ…半蔵門に怒られた。僕、先輩なのにね」
「何か、遠回りしてんな」
「…そう、かもしれない。でも、そのスタイルは変える気ないんでしょ?」
「まぁ、そうだな」
「それが君だよ。とても君らしい」
「お前はどうなんだよ」
「僕は…」
どうしたいのだろう。だって、君がここに来てくれただけで心がいっぱいなのに。

「善処してやる」

「は?」

「ぜ・ん・しょ。メトロと…お前と話し合う機会を設けるように」
「あてにならない善処だね」
「実現する善処にしてやるよ」
「無理しなくていいよ」
「可愛くねぇ」
「君に言われたくない」
「口の減らねぇ奴」
「お互い様でしょ?」
「全くよぉ」
「ほら、もう行きなよ。伊勢崎が待ってるから」
「お前」
「いいよ。お前が戻ってきてくれただけでも満足だ」
「??」
「行ってらっしゃい。日光」
「…全く」
軽く手を振って彼は歩き出した。
手を振り返した僕の姿は彼の後ろ姿には届いていないのだろうが…。

「日比谷」

彼が立ち止まる。

「え…?」

振り返る。

「何でもねぇよ」

何でもない。そう言って彼は去って行った。
一度だけ振り返って、何でもないと言って…。

「重症だな、僕は」

ああ、日光。
今はこれで満足だ。
君が振り返ってくれただけで満たされる。
何でもない言葉をくれただけで舞い上がるのだから・・・。
僕も望めば、少しは叶ってくれるのだろうか。
叶えてくれるのだろうか・・・・。


ねぇ、日光…?