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もうすぐ0時を指そうとしていた。
人通りの多いホーム、絶える事のないアナウンス。
今日だけが特別なようなそんな賑わいを見せていた。
そんな賑わいも、少しホームを離れると薄れてしまう。
駅ビルの屋上、そこに池袋はいた。
「おーい。池袋」
遠くから白いビニールを持って有楽町がやってくる。
「何だ。毎年うっとおしいぞ」
迷惑そうな顔で有楽町を睨むと、そう言うなと苦笑を返された。
「だって、ここで迎える気だったんだろ?あ…毎年か」
「貴様を呼んだつもりはない」
「オレもここで迎える予定なんだよ」
「ここは西武の敷地だ。貴様は別の所に行けばいい」
「毎年ここだから、今年もここだ」
陣取って座ってしまった有楽町に、もう何を言っても聞かないだろうとため息を吐き、また景色を眺めた。
「…貴様、今日は終夜運転だろう。こんな所でのんびりしていていいのか?」
「特別混雑するわけでもないし、運転間隔も長いから混乱がない限りオレは出ないよ。お前こそ、まだ終電じゃないだろう」
「貴様と理由は一緒だ。そんなに過敏になる事でもない」
「…って、去年も同じ事言ってたよな」
「忘れた」
「まぁ、いいけどさ」
ため息混じりの声。吐き出された息の白さに寒さを覚える。薄着ではないが、着こんでいるわけでもない。それは池袋も同じ。
「寒くないか?」
「貴様はこの状況で寒くないとでも思うのか?」
「…愚問だったな」
「特に貴様を見ていると身震いがする。どうしてそんなに薄着でいられる」
「まぁ、コート取ってくると遅くなるし、もうすぐ年も明けるから…」
「風邪を引いても知らんぞ」
「そんなに弱くはないよ」
「どうだか」

「…もう少しだな」
「…」

「来年も…よろしくな」
「せいぜい足を引っ張るなよ」
「手厳しい」

言葉もなく、二人は光輝く街を見下ろした。




「いたいた。せんぱーい!!コート持ってきましたよぉ」
「先にわたしが渡すのだっ!!」
先を争うかのように二人同時に入ってくる。
「今年は賑やかだな」
「…ああ」

「あっ!!カウントダウン始まりましたよ」
電光掲示板に映し出されるカウントダウン。
「間に合って良かったですっ!!池袋っ」
「そうだな」
「西武有楽町、来年もよろしくなっ」
「うむっ!!」
「せんぱぁい。僕には?」
「はいはい。西武有楽町もよろしく頼むぞ。くれぐれも…」
「何か棘ありますね…」
「3」
「2」
「1」
「ハッピーニューイヤー!!」

花火が打ち上げられ、新年を告げる鐘が音を立てる。

「池袋」
花火の音と光に魅了される副都心と西武有楽町に聞こえないように、有楽町は池袋の袖を引いた。
「何だ」
「今年も、お前と迎えられて良かったよ」
耳元で囁かれた言葉が、甘やかに池袋の耳に届く。
「…」
「さて、副都心戻るぞー」
「えー?!もうですか?」
「ああ。他の線の状況もあるからな。とりあえず戻るぞ」
「はぁい」

「西武有楽町、明日もよろしくな」
「うむ!!有楽町もがんばれよ」
「ありがとう。池袋も」
「ああ。さっさと行け」
「うん」


二人を見送り、西武有楽町は少し不思議な顔で池袋を覗き込んだ。
「池袋、顔が赤いようですが、具合でも悪いのですか?」
「いや、夜風にあたりすぎたのだな。我々も行くぞ。終業後、皆でおしるこを作るらしいからな」
「おしるこですかっ!?」
「ああ。だから、終電までしっかり頼むぞ」
「はいっ」
嬉しそうに跳ねる西武有楽町の手を取り歩き出す。
まだ、有楽町の言葉が頭の中を回っている。

ー来年も、こうして一緒に年を越そうなー

その言葉に、池袋が目を細めた事は誰も知らない。