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それはとても気持ちの良い午後だった。
初夏の風が心地よくて、オレは休憩時間を外で過ごす事にした。
少し遅めの昼食と、西武有楽町から渡された書類を持って、それから外で食べるならと小さめのビニールシートを銀座に持たされて…。
別にピクニックに行くわけではないのに。むしろ一人とか寂しいだけじゃないかと思いながらも逆らえず受け取った。

平日の人の少ない公園の、特に人気ない芝生にシートを敷き、その上に座って書類を見ながら昼食を食べる。
西武有楽町からの書類は、西武のキャンペーン告知。と、何故か池袋に提出する予定の報告書が一緒に入っていた。
「西武有楽町、間違えたのかな…」
急ぎではないから自分の方の書類は良いとしても、報告書は休憩が終わったら届けた方が良いのかも知れない。
そんな事をボーっと考えた。この季節の暖かさは人を駄目にする。
陽気が良過ぎて仕事をする事すら億劫にさせてしまうのだから。
「ふわああ・・・」
あくびをひとつ。

「アホ面だな、有楽町」

上を向いた目線の先にいたのは、呆れ顔の池袋。
「のああ!!い、いけぶくろ!?」
顎がはずれなくて良かった…ってそういう問題ではない。
まさか池袋にこんな所を見られるなんて。
「全く、こんな所でのんきなものだな」
「休憩中なんだよっ!!」
「ビニールシートまで敷いて…寂しいな」
「う、うるさいっ!!」
そんな事、言われなくたってわかっている。だからあまり人のいない所を選んだつもりだったのに…。
「何しに来たんだよ」
「貴様の所に、私が目を通すはずの書類が行っているはずだ。銀座に聞いたら公園で寂しく飯を食っていると言われてな」
「寂しいとか付け足すなよ」
「書類も一緒に持って行ったと聞いたのでわざわざ出向いてやったのだ」
「そらどーも。はい、書類」
「うむ」
「確かに受け取った。貴様もこんな所で寂しく休憩などしていないでさっさと戻るんだな」
池袋の言葉に正直むっとした所もあって、オレは不貞腐れるように横になる。
今日はたまたま天気が良いから外に日光浴に出ただけなのだ。
寂しいとは思う。けれど、気持ちよく休憩を取っているのに水を差されたようで良い気持ちはしない。
「わかってる」
そう小さく言って、目を瞑った。
「まったく…」
呆れたように池袋は息を吐いた。ため息をつきたいのはオレの方なのに。
無言のまま足音だけがだんだんと遠のいていく。
寂しいと言うならば、少しぐらい付き合ってくれてもいいのに…。
急に寂しくなって、小さく丸まった。
そういえば、昨日は池袋と一度も会ってはいない。
あぁ…。会いたかったから寂しと感じたのか。
昨日だって、携帯に連絡入れようと何度もコールボタンに手を置いたが、どうしてもボタンが押せなかった。
だから、今日は会って話ができるかなと期待してたのに…。
もう少ししたら業務に戻ろう。銀座は暇だから遅くなっても良いよと言っていたが、さすがにこれはきつい。

「池袋のばか」
そう、全て池袋が悪い。付き合ってくれないし、黙って行くし。
…オレを急に寂しくさせるし。

「失礼な奴だな」

「えっ!?」
慌てて起き上がると、池袋はさっきのような不機嫌な顔でオレを見ていた。
「ほら」
投げるようにオレの手に缶コーヒーを置く。もしかして、これを買いに行っただけ?
「くれてやる。その代わり隣に行くぞ」
返事をする間もなく、池袋はオレの横に腰を下ろした。そしてそのまま寝そべる様に横になってしまった。何が何だかわからないオレをよそに、池袋は何も言わず背を向けたまま。その行動に“?”マークがオレの頭を交差する。
「あの…池袋?」
「仕方ないから付き合ってやる」
そう言って、また黙ってしまった。オレもただ言葉なく頷き、そっと空を見るように仰向けに寝そべる。
心地よい風が吹き抜け、日の暖かさが眠りを誘い、少しだけ目を閉じた。
「心地よいな」
そう短く言った池袋の言葉に、オレは少しおかしくなって小さく笑った。その背中が急に愛おしく感じ、少しだけ距離を詰めた。
もう少し、もう少しと詰めて行くうちに、とうとう触れる寸前の位置にまで辿りつく。
「あ…のさ…いけぶくろ」
「…勝手にしろ」
自分が何を言いたいのかわかったかのように、池袋は短く呟いた。
「うん」
その言葉に甘えるように、額を背中に押し付けゆっくりと手を置いた。
「5分だけだぞ」
「うん」
短い時間さえ至福に感じた。誰かに見られるかもしれない。それでも、この時間だけは邪魔をされたくはない。
すぅっと息を吸い込むと風に乗って池袋の匂いがした。
良く知る安心する匂いに、甘えるように擦り寄った。
それでも池袋は何も言わないから、小さく会いたかったと口に出した。
貴重な5分。
どうか、誰にも見つかりませんように…。